斜め下から見る【渡部建とタレント面する芸人の覚悟】

今日6月11日発売の「週刊文春2020年6月18日号」でアンジャッシュ渡部を活動自粛に追い込んだ、複数女性との不倫についての話が出ました。その2日前には活動自粛を言い出してみたいな話をしてまして、その内容については何度も糞ワイドショーがほじくり返してますので、皆さんが知っている体で行きましょう。かくいう私はなんか面倒くさくて「ミヤネ屋」だけ見て書き始めるわけですけれども、もはや「不倫ならん・あり得ん・信じられん」みたいな話をしても読んでてつまらないので違うお話を。

「不倫は死刑」


かねてからの自論です。勿論、石田純一が言ってた「不倫は文化」のカウンターとしての思いを言葉にしているわけです。

ただでさえ、男女比で言うと男の方が余っているという女が足りないといわれる昨今において一人の男が妻という一生添い遂げる女性がいながら別の女性も愛してしまうと、ただでさえ女性にもてない男が運命の人に巡り合うチャンスが狭まるじゃないかとそういう考え方から不倫してるやつふざけてんじゃねぇぞ。という怒りを込めて思っていたわけです。

これがあくまで婚前の話ですね。で、結婚してからの話ですけど、やっぱり「信じられない」としか言いようないですね。これだけの良く出来たて超面白い最高の女性が同じ家に住んでるというのに他の女性に手を出すとか信じられないと言うのが正直な所だったりします。のろけてんじゃねぇよって話ですけどね。偽らざる気持ちですよ。

色んな意見があるんでしょうけど、なぜこうも自分がそれこそ 「不倫ならん・あり得ん・信じられん」と思っているのかと言えば、やっぱりそれまでにあまりにもモテな過ぎて(笑)、その末に妻と巡り合えた部分って大きいんだろうなって思います。モテている人生送ってきたら、そうでも無いんでしょう。丁度、最近婚活を振り返るブログを書いていて、それが婚活というよりもフラれた話から振り返ってるから余計にそう思うのかもしれないけれども、色んな女性にモテる人生ではなかった事をまじまじと痛感てるから余計にそれは思いますね(笑)。


ちょっと前に書きましたけど

『そんなにモテたいなら、渋谷のスクランブル交差点付近の女性100人にナンパすればいいじゃん』

と言った筋肉バカのアドバイスをご紹介しましたけど、そんな奴が易々と不倫とかするんじゃないかなって気がしてます。「結婚する前に浮気する癖があるやつはする」んですってミヤネ屋で大阪の弁護士さんが言ってました。

ジョギングしながら考えてて、果たしてどこまでが不倫なのかってよく言いますよね。
手を繫いだらとか、ハグはアリなのかみたいな不毛な議論(笑)。相手は外国人だったらハグなんて文化みたいなもんだから日常行為でしょうとか、それこそ例えば小池百合子・現東京都知事と2億円くらいの商談がまとまって「じゃあ、島田さんこれからよろしくお願いします」みたいな話で握手を求められたら握手せざるを得ないよなぁとか思ってみたりしたわけです。ところがですよ、コロナ禍によりそういうボディータッチも西欧文化でもなくなるとなるといよいよ手を握るも不倫の定義になりそうだなと思ったりしたわけです。

さて、実はこの報道に関して私はその糞ワイドショーを朝と昼で2つほど見たわけですけど、見事に週刊文春の記事を映像化して、そこに各々のコメンテーターとかインタビューで色付けしてるわけですけど、確実に「週刊文春読まなくてもいいじゃん」くらいのところまで書き上げてらして、文春ってこれで雑誌売れるのかなぁなんて思いましたけど、きっとえぐい金額の記事利用料金とか支払われてるんだろうなぁって思いながら見てるけど、実はどの番組も「5日前にB子さんって言う六本木ヒルズの多目的トイレの人宛に渡部から電話があって『奥さんが隣にいるから変わって』となりここから修羅場が」というくだりで番組が切れます。もしかして、この続きは雑誌でみたいな切れ場があるのかとか思ってみたり(笑)。

そして、このニュースを見たコメンテーター特にお笑い系の方々の擁護コメントに過剰に反応してみようかなと思います。いわゆる「まあ、彼は芸人ですからそういう色んな女性に目が移っちゃうって言うのはあると思う」みたいなコメントを見ました。芸人と言えば江戸時代の頃から「飲む、打つ、買う」と言われるからやむを得ないという論調なわけです。『芸の為なら女房も泣かす』みたいな発想なわけですよね。だから、「不倫しょうがない・やむを得ん・ダメだけど償って呼び戻そう」という考えなんでしょうね。

芸の肥やしとして女性に手を出して、確かにビートたけしもそんな感じで昨年離婚したわけだし、明石家さんまも色々あって離婚して以降は結婚してません、今田耕司や直近で発言が問題視されたナインティナイン・岡村隆史が結婚できないのも?もしかしたらその芸人体質ゆえに結婚できないという事もあるんじゃないかなって言う気がしてきました。コロナに殺されてしまった志村けんも一生独身だったのはやっぱりそう言う事をするから結婚に踏み切れなかったのかなと想像してしまいます。タモリや欽ちゃんこと萩本欽一は芸人ではなくてタレント気質ゆえにからか妻を公開していない、勿論一般人だからかもしれませんが、そもそもそういう芸人特有の不倫細胞みたいなものは無いのかもしれないって思います。

でも、今の一般人と文春砲はそれを許さないわけですよ(笑)。なぜか、それは売れている芸人の仕事は芸人だけじゃないからですよ。そもそも「芸人は芸の肥やしだから不倫もしょうがない」という認識すらも薄いけど、タレントとしての側面も求められちゃってますからね。

3月に他界した実家の祖母がよく言ってたけど『あの人は旅館行って風呂入って料理食べてるだけだ』って、世間の目はそうですからね。そんなことするだけで、お金がもらえるんだから『良い、仕事だなぁ』ってゲスニックマガジンの西條さん思い出しますけど、そういう風に私みたいに妬んで「こっちはコロナ禍で消えてしまった仕事の代わりになるような話を必死になって探してるのにテレビのお給金ってお高いんでしょう?それなのにそのお給金と同じくらいの美味しい料理を無料で食べてありがたがられるとか。みたいに思うわけです。そういうネタミストの期待に応えちゃうから文春砲は撃たれ続けます。そうそれが「ぶんしゅんさんのおしとご」なわけです。

タレントさんの力はイメージだけなんです。幸せそうな家庭を築いてらっしゃるから使ったら幸せになれるような商品のCMタレントになれます。そんな人が不倫しちゃだめだし、六本木ヒルズの地下の多目的トイレで不倫相手と逢瀬を繰り返しちゃダメなんです。しかも、レギュラー番組持ってるFM局のJ-WAVEの社屋って六本木ヒルズの中にあるからね、色々ダメじゃん(笑)。そりゃあかかれるよね「不倫食べ放題」って。日刊スポーツは凄い見出し出したわって思います。

だから、渡部建は自粛をしたわけです。妻子あるタレントとしてです、芸人としてではありません。そして、そんなにこっちも芸人としてみてませんからね(笑)。

じゃあ、「芸の肥やし」とはなんなのか?例えば、落語家ですよ立川談志や古今亭志ん朝の演じる女将さんの演技が可愛らしかったり艶めかしかったりするのはきっとそういう女性経験からだったのだとすると納得するでしょ。個人的には立川談志の「芝浜」における主人公の奥さんが本当に良い女なんです。志村けんがコントで使ってた飲み屋のセットとかは通ってた店にそっくりだったとか、「ひとみばあさんは実際モデルがいた」みたいな話を聞くと、志村けんが演じた女性とかその周りの女性の雰囲気とか付き合ってた人の影響とかあったりとか思えるんじゃないでしょうか。

タレントをやっていく上で芸人の魂みたいなものは捨て去らないといけなかったんですが、芸人さんてモテるから結局捨てたつもりでも結局隠せるもんだと思ったんでしょうね、それが1万円という金額だったんだろうなって思いますけど。まあ、その1万円も問題ですけどね。

だから、芸人というなら舞台の上だけ、演目の上だけの姿を見せる奴が真の芸人なのかもしれません。でも、それだけではやっていけないというのは今の江頭2:50が示しているというパラドックス。

投稿者: shakson5

しまだくらぶです。生まれも育ちも住いも埼玉県の昭和54年早生まれの40代です。婚活の歴史とか趣味のDJとか色々お話して、皆さんの暇潰し等のお役に立ちたくてブログを書いております。

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