宛名無しでも宛名だけでも手紙届かず

久々になんでもない話をします。「ハケンの品格」今週の録画し忘れました。それでも良いやと思う自分がいたりするなかでコサキンと天海祐希のモノマネの番組存在すら知らなかった後悔。まあ、新聞取ってないからしょうがないですよ、多分とってもテレビ欄と社会面とスポーツしか見ないんでもったいないので取らんでしょう。

最近分かったこと、TwitterとかFacebook等のSNS経由からブログを見る人の少なさですね。暇を見つけてはWordpressへのアクセス数をチェックしてますけど、そんな人数しか見てないのかと愕然としつつも、見てくれてる人がいることに「ありがたい」とは思うわけですが、そんな少ないのかと。久々に己の器の小ささを実感します。3ヶ月後、父になる奴が器が小さいのかと奮起しなきゃと思ったりはしますよ。ちなみにmixiではいつもの皆さんが読んでくれてます、いつもいつもありがたい事です。

子供が産まれる話、基本的にブログでしか書かなかったのは子供が産まれる事のこっちの熱量と祝ってくれる方の熱量が違いすぎるからなんです。もちろん、受ける熱量って高いんだろうけど、こっちが高過ぎて普通の高さでは低く見えちゃうんです。会って話したときにもらえるおめでとうは高く感じるけど、文字だと低くなってしまいますからね。でも、せめてブログは読んでる方が少ないからではなく少数精鋭の皆様に伝えてるわけです。「妻が妊娠しました」って仮に投稿してイイねボタンだけで済ます奴に腹を立てる未来は見えてたのでそれで良かったなと思ってますよ。まあ、それが「器が小さい」って言われればそれまでですけど、こっちの喜びをワンプッシュで済ませやがってと言う感情は悪くないとは思ってます。知人の誕生日コメントとかに「おめでとう」だけじゃなくて三文以上は書いてるのはその人の喜びの熱に合わせてる故だったりします。

そういえば、高校時代の同じクラスのLINEグループがあって、昨日担任の先生から電話があったからその流れで久々に投稿したんだけど、流れで我が家に子供が産まれます話を流したけど、元クラスメート達は既読のみでしたよ。ほら言わんこっちゃないなんて思ってみたり(笑)。期待しすぎは良くないけど、期待出来るような人かどうかの見極めはしないとなと思ったりもします。

一方でアメブロでは日々色んな人が読んでるらしい、そりゃ11年分書いてますから、なんか検索して引っ掛かって読むんでしょう、例えば最近だと電気グルーヴの音源が配信とか販売が再開されたのを機に昔のライブレポートがよく読まれてたりするし、時期を問わずに「1976年のアントニオ猪木/著・柳澤健」とPerfumeのナゴヤドームライブの文章が常にランキングを賑わせています、理由は不明ですがね。つくづくアメブロの中で生きてる人の存在と誰だか分かんないけどお礼を述べたいと思います。実はドラマ「M愛すべき人がいて」の初回ブログが個人的にかなりなバズりを見せたのを良いことに毎回見ては感想を書くものの何故か初回ばかり読まれてると言う謎は解けぬまま、最新回第5話はビックリするくらいなしぼみ具合ですよ。論調変わってないからクオリティではないんだけど、やっぱりドラマの力でしょうかね、他人の褌で相撲にも限界はあるかと思ってみたりします。

アクセス欲しさにやれることはたくさんあります。とは言っても渡部建の被害者だと名乗ったり、COVID-19に感染しましたと言う嘘はいけません、真実だとしてもウーバーイーツの配達員のクオリティが低くてプライベートで頼む気がしない話は書いてて筆が乗りません(笑)。マンションに住んでる有名人の真実なんて職務規定違反ですからやりませんよ。

でも、最近ヤフーニュースで昔住んでいる有名人のニュースを見てて、それにバカみたいに善い人じみた感想を読みながら裏側を知ってる人として「テレビで見せる有名人の幻想を守るために自分達がいるんだな」と思ったらそれも人々の暮らしを守ってるんだと社会意義を感じたもんです。

テレビからの受け売りだけど肝に銘じてる言葉があります「伝わらないとコミュニケーションは意味がない」と言う話。良いことを言ったとしても相手に伝わらないと、良いパスをしても受け手が取れないと意味がないのです。確かにそうだよなぁと納得させられました。

勝手にどうせ読まないだろうと読まない奴に手紙を書いていますが届かないのも無理はないのです。まあ、そんな近況です。

投稿者: shakson5

しまだくらぶです。生まれも育ちも住いも埼玉県の昭和54年早生まれの40代です。婚活の歴史とか趣味のDJとか色々お話して、皆さんの暇潰し等のお役に立ちたくてブログを書いております。

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