コロナ禍の中の出産伴走記【Go to ファーザー】⑥産まれたのは臨月越えた満月の日 陣痛編

2020年10月2日金曜日21時5分ごろ、無事に子供が生まれました。
(ここから前口上です、初めての方は読んでいただきたい企画趣旨みたいなものです。読んだことある方は読まずに本文へ行っていただいてもかまいません。)

生まれた時の為にずっと書き溜めていましたが、無事産まれたので今日から公開いたします。書き始めた理由は自分の為でもありつつ、前例なきコロナ期の出産事情が珍しいものか?はたまたこれからの新しいスタンダードになるか分からないから書き出したものです。急に思い立って7月下旬に書いたからおぼろげな記憶もあります。時系列で追っていまして、この章は妊娠4ヶ月までのいわゆる「妊娠初期」について感じていたことを書いています。

妊娠が分かったのは2月初旬でいわゆる「コロナ禍前」でした。いわゆるコロナ期に出産をすると言う前例無い中でやってると、道標は何処にもないんです。個人的に通過儀礼だと思ってた「両親学級」はウイルス感染拡大を防ぐために開催されず。夜勤者だから妊婦健診に付き添えて、受付までで行き検温もして問診票も書くけど診察室で入室を断られてたという日々は繰り返されました。出産育児アプリ的なものを頼りに進みましたがアプリが教えてくれる話はあくまでコロナが来る前の時代のものです。

ゴールデンウィークの辺りは妊娠5ヶ月くらいで『つわりも落ち着いて過ごしやすい季節です。さあ気分転換に出掛けましょう』なんて言われたけど、世の中は緊急事態宣言下でした。無理も無いのです誰も経験してない時代を生きてるので、そもそも無料のアプリに入り、色々プレゼント貰っておいて突っ込むのは野暮かもしれません。

とにかく、今のコロナの闇がいつまで続くか分からない。来年にはワクチンが出来て去年のような日常にすっかり戻ってしまって「コロナ禍の中」というのが異常事態でしかないかもしれないけれども、もしかしたらこの現実がニュースタンダードになってしまう。これから出産を控えるご夫婦やお母さん、お父さんの参考になる、少しでも役に立ちたいなんて思って書き始めました。

【これより本文】
時系列で起こってきたことや、その時に感じた事を書き連ねていく物語となりますが、これで最終回、陣痛から始まります。

10/1(木)

珍しく最近夜中にトイレで目覚めてたのがこの日は無かった。

「出掛けて帰宅したら、家に助産師が来てて出産準備のため、我が家のダイニングテーブルを消毒してる」と言う夢を見て目覚めたら隣に妻はおらずトイレかなと思って昨日から始めた陣痛カウンターを見たら妻の陣痛が始まってて、3時から10分間隔で陣痛が始まってた。陣痛の時間は1分を越えない範囲。

妻曰く

●陣痛かトイレか判断が付かない感じ

●寝転がるよりもソファーに寝そべる態勢が楽、例えるならぐでたま的な寿司で言うとソファーがシャリで本人といった態勢。

7:29。9:30より妊婦健診予約があるが病院からは「陣痛が5分間隔になったら連絡して」と言われてるのでそれまで待つべきか?病院に相談。

この「電話は出来るだけ本人がして!」と言われてるが陣痛時寝ちゃってるから「自分が妻の助けにならなきゃ」と私が電話するが本人に聞くべき事がたくさんあって結局電話は妻に代わる。「朝食を食べて早めに病院へ」と指示を受けて朝食をとって病院へ。

冷静沈着でいなきゃと思ってもぁテンパり方が半端なくて妻から「焦って運転してる」と言われる。その前までに出発前に免許証とマスクを忘れたりバタバタしてたけど、病院内でも冷静でない自分がいる。

9:00 妊婦健診の結果、子宮口の開きは1cmでまだまだだから一旦帰宅することになる。陣痛を痛がる妻の前では夫は無力で銀行へ行く、買い物へ行く、料理を作るしか出来ない。昼寝もしてしまい「陣痛中になにもしてくれない」と言われてしまう。

実は認識違いをしていて、『陣痛を止めてはいけない』と言うこと。「眠かったら無理せず寝れば良い」と寝てしまったがそれは大きな間違いと知る。陣痛を促進するツボと言うものがあるように陣痛は進めていかなければならないものだったのだ。これも、陣痛を経験していないお父さん予備軍には伝えたい。

18時くらいから妻の陣痛に付き添う、夕飯を作りつつ、正直そこからどうすれば良いか?分からないところからスタートして、妻の要求を受けて一つずつやるべき事を教わって行くような感じ。

【陣痛時にやるべきこと】

●陣痛が発生したら、尾てい骨をテニスボールないしは握りこぶしで押す

●腰やお腹をさする(終盤にリクエストがあればやると言うかんじ)

●陣痛カウンターのボタンを押す

●リクエストに応じて団扇で扇ぐ

●陣痛後に水分を渡す

●積極的な声かけ「頑張れ」「大丈夫?」など。

結論としては全て妻に言われてからやったもので自発的ではない。あまりに何もやらずに観察しすぎて『どうして、そんなに気が利かないんだ』と言われる、かなり的を得た痛いところを突かれてぐうの音も出ないが、妊娠ガイドブックには「そういう事を言われるけど反発しないように」みたいなことが書いてあったのを思い出す、これもあるあるなのだと思う。

妊娠・出産ガイドブックには夫がやるべるべきことは背中をさするとかしか書いておらず掲載されているスペースが少ないなんて思ったけど、『書いてないことは人としてやって当たり前の気遣いでしょ?』みたいに言われてるような気がして非常に耳が痛い思いである。

陣痛中はテレビ番組よりミュージシャンのライブとかの方が気が紛れると言う妻からのリクエストで録画しておいたサザンオールスターズの無観客ライブや平成30年の桑田佳祐の一人紅白歌合戦、コブクロとオーケストラによるライブ映像、妻が好きな大橋トリオのライブ、同じく妻が好きなTahiti80の音源を流していた。桑田佳祐の一人紅白も懐メロで大橋トリオとTahiti80もゆったり時が流れるような音楽だったからやっぱりそういう方が落ち着くようだ。途中、陣痛の間隔がそれまで8分とか1桁だったのがQUEENのウェンブリースタジアムのライブ映像を掛けたり朝ドラ「エール」の最新回を見たら10分以上間隔が空いたのでやっぱり聞きなれたゆったりした音楽が良さそうだ。

午前中の健診から帰宅した11時~18時くらいまで11~20分位だった陣痛の間隔が夕飯を挟んだ18時~22時半には7~10分、23時台には5分台となる。24時過ぎて5~7分台でばらつくも陣痛の痛みもきつく病院へ連絡。

24:45 病院を出発。
この日は中秋の名月だった。


10/2(金)
1:00頃病院に着。
その時点で会話する余裕が妻にはあったが助産師曰く「喋れないほど苦しい」陣痛が起きてからお産まで10時間かかるらしい。昨日の妊婦健診で1cmだった子宮口は2cm開き、物理的に開ければ3cmは開くと言うことで入院することになる。

確認事項があると言うことで産科病棟に待機することになる。夜泣きの赤ちゃんの声が鳴り響いているが声が枯れるんじゃないかって位に泣き叫ぶ赤ちゃんがいて、こちらは何も出来ないがなんか応援したくなった。

子宮口が開いてないと再び妻と帰宅することになると言う話だったので、自分が小学生の頃に首のしこりがあって、それを取る手術で全身麻酔をしなきゃならなかったんだけど、ちょっとでも喘息が収まってないと入院出来なくて何度も何度も渋谷の先にある病院から追い返されて母とがっかりして帰ったのを思い出していた。

3:12 お腹の赤ちゃんの無事を確認出来たと言う事で入院荷物を預けて帰宅。今度は追い返されなかったことに安堵する。実は午前中の検診時に返されてしまったことを踏まえて、車で通ったルートを変えてみた。

8:30 入院している妻からLINEが来る。

入院した直後の話、いきなり分娩室に移動して寝ていたが陣痛が収まって病室に移動、個室ではなくて大部屋を希望していたが部屋がいっぱいで個室で一晩過ごしたそうだ。陣痛は家にいた時の方が多かったそうだ。緊張感がそうさせているのかもしれない。送られてきた朝食の写真はTHE病院食って感じだった。

9時頃医師の診断があり、陣痛促進剤を打つことになったそうだ。こちらはお呼びがかかるまで待つのみ、完全アウェイの妻からのLINEに即応してあげるという役割となる。物理的に会えなくてLINEでしかコミュニケーション手段がないという状態に知り合ってから初デートまでの時期を思い出す。分娩に間に合う時間に我が家から到着するような絶妙なタイミングで病院の妻から連絡が来ることになっているので家から離れられない、学生時代真面目な人間だったので(笑)、初めての自宅謹慎といったところ。そういう意味で非常にCOVID-19が憎たらしい。

夕方までにしたこと、自宅の排水溝掃除、自分の服の衣替え、メルカリ出品、深夜分娩に備えて仮眠、水天宮の安産守りにお願い。

18:30 妻から連絡あり。「直ぐではないけど、そろそろなので近くの店で待機しておいて」との通話。

病院近くに星乃珈琲店がありそこでの待機を決める。深夜分娩の可能性もあり、その際に空腹音は気まず過ぎる、でも星乃珈琲店のフードメニューってサンドイッチやハンバーガーだから、妻を含めて分娩室の皆さんに白い目で見られる事を懸念して、その手前の丸亀製麺でうどんなら臭いは残らないと判断して丸亀製麺へ向かう。折しも、月に向かって車を走らせる感じとなる。

車中、15時間前に車で聞いていたウルフルズベストが流れ出す、続きからだ「やぶれかぶれ」だったけどそれじゃ嫌だから勢いを付けたくて『ガッツだぜ』を選ぶそこから『バンザイ』を熱唱、泣いてた。続いて進行方向は右側で月が見えたから「月光/斉藤和義」でやっぱり泣く。途中万が一に備えてセブンイレブンでゼクシィの出生届をコピーして、昨日陣痛を止めたQUEENが聞きたくなり「ボヘミアンラプソディ」のサントラからLIVE AIDのやつを。丸亀製麺手前の辺りでWe are the Championsを歌い終わる。

丸亀製麺で食べていざ珈琲だと思ったが出産時に間違えなく泣いてしまう自分は予想できるのにハンカチを忘れてしまい丸亀製麺前のセブンイレブンでハンカチを購入、改めて珈琲と思ったら病院から着信。「もう来て下さい」と連絡がある。つわりの時に眠気だけで吐き気は一切なかったという事があり、「おなかの子は空気を読めるのかも」なんて言ってたけど、またしてもこの奇跡的なタイミング、空気を読める子の面目躍如と言ったところだろうか、更に言うと自分の夜勤と妻の分娩を被らせないという所もなんて空気を読むんだろうなんて思いながら星乃珈琲店を通過して病院へ。

20:00 担当のN先生が病棟にいた「赤ちゃんが降りてきそうで来なかったりなので帝王切開で分娩します」と告げられる。先月から担当曜日が火曜日から木曜日に変更して「これだけお世話になったN先生が最後立ち会ってもらえない侘しさ」があったがシルバーウィークで火曜日が祝日になり、妊婦健診がずれ込み木曜日になってラスト二回はN先生で更に手術にN先生が付いてくれるんだと自分たちの幸運を感じて、ひとまず安心した。

20:35 手術開始前ストレッチャーの上で寝そべる妻と19時間ぶりに再会。意識はあるけど完全にグロッキー状態、本人は病気もめったにしないタイプで手術も未体験と言う中で陣痛と闘ってくれてたんだと思って涙が止まらない。付き添っていた助産師さんも『本当に頑張ってたんですよ、いきみ方も上手くなってたし』という言葉がさらに涙を誘う。手術室の入口まで見送る。見送る前に手を握ってあげて下さいと促され手を握りながら「良く頑張ったね、こっからは先生に任せれば大丈夫だから」と言って見送る。

手術室の壁は薄いのか扉が開いていたのか「これから手術を始めますよ」みたいな言葉が聞こえて緊張感が高まる。

手術中にここまでの経過を書こうと思ったけど、祈らなかったことで失敗でもしたら悔いしか残らないのでずっと祈っていた。祈りながらもストレッチャーの妻の姿がフラッシュバックしたりして涙が出て拭いての連続だった。そして、よくある夫が手術室の前をウロチョロする描写がよくあるけど、居ても立っても居られない感じになったりする。

21:20 N先生が無事産まれた事、男の子である事を伝えられる。赤ちゃんの大きさでは妻の骨盤からはやはり出づらかったらしく、「帝王切開で良かった」とおっしゃっていた。とにかく無事に生まれた事に安心して「先生がいらっしゃって本当に良かったです、ありがとうございました」と伝えた。

ほどなく、赤ちゃんが出てくる。このタイミングで写真撮影しても良いのか分からずじっと無言で見入る。凄い小さかった、妻に似てかわいい感じで良かった。あと、赤ちゃんらしく髪が薄い、赤ちゃんらしい赤ちゃんだった。いきなり頭髪が濃い子とかもいたりするけどそうでない意味で赤ちゃんらしい赤ちゃん。

21:46 赤ちゃんの状況もよく撮影してよいという事で分娩室に移された我が子を撮影する。

「産まれたのは21:05 身長50cm 体重2930gの男の子」だった。これは後日聞いた話、実際教えてもらったけど無事に生まれてきたことで安心して全く数字的なデータは覚えていない。最初に賭けた声は「こんにちは」だった、とにかくかわいかった。帝王切開であったことを踏まえて撮影に立ち会ってくれた助産師さんに「頭って大きい方なんですか?」と聞いてみる。実は赤ちゃんの頃から私の頭が非常に大きくて小学生の頃にモアイとか石川五右衛門というあだ名をつけられた過去があるくらいでやっぱり遺伝で大きかったらどうしようか?と二人で不安視していたのだった。そんな話をしてる中で助産師さんは「赤ちゃんは頑張ってましたよ、頑張って子宮から出ようとしてたから頭の形が伸びちゃってるでしょ」なんて言われて、生まれる前から頑張っていたという子供に感動した。この先1週間は会えない我が子に「また来週ね、頑張れよ」と話す。

そして、手術室から出てくる妻を迎える前に執刀した男性の医師から手術の説明を受ける。執刀したのはN先生ではなくてこの先生だったという事に意表を突かれる。出て来た妻と赤ちゃんの感想と「やっぱり頭が大きかったんだって」という話をして、ストレッチャーを搬送する助産師さんとみんなで談笑する。妻とも1週間会えないので別れを告げて帰宅の途につく、Twitter、Facebookと言ったSNSと近しい人たちがいるLINEグループに報告しつつ、お祝いメッセージに返信していたら25時を過ぎていた疲れ果ててた状態で寝たはずなのに翌朝長く寝るつもりが思ったより早起きしていた。

帰りの車で感じたのは両親のありがたみを改めて思った事、妻も息子も頑張ったんだから、俺も頑張らなきゃいけないなって言う事だった。結婚して1年1ヶ月ちょっと、「子供は出来たらいいね、でも授かりものだから産もうと思って産まれなかったらがっかりするから過剰に意識しないように」なんて言ってた。だから、そこまで意識してなかったけど、去年の10月にウェディングフォトを取った後に俺の実家に妹家族も集まって結婚祝いをしてくれたことがあって、その時妻と姪と甥が初対面だったんだけどめちゃくちゃ楽しそうに遊んでいる妻を見て、言わないけどきっと子供欲しいんだろうなぁって思った。そこから1年本当に無事に生まれて良かった。

思ったよりも早く起きた朝、マラソンすることにした。あの時、ちょっと沈んだ気持ちで桜を見ていた場所は彼岸花が満開だった。

そんなわけで乳は出せないので父になります。

投稿者: shakson5

しまだくらぶです。生まれも育ちも住いも埼玉県の昭和54年早生まれの40代です。婚活の歴史とか趣味のDJとか色々お話して、皆さんの暇潰し等のお役に立ちたくてブログを書いております。

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