エンタメの形が変わった日の忘れもの【斜め下から見るエンターテイメント】

齢を重て忘れっぽくなってるんだろうけど、その日はピンポイントで覚えてる日と言うのがある。最近で言うと2020年2月26日が私にとってはそれに当たる。丁度一年前だから忘れてないでしょうと言うかもしれないが、色んなことが強烈に残っていた一日である。

エンタメの形が変わった初日

この一年を振り返ったら『エンターテイメントの形が変わった最初の日』と表現できる。つまり、「満席のエンターテイメント」が姿を消しCOVID-19の感染症対策で間隔を空けたりネット配信したりするようになったきっかけの日である。当事者にとってはたまったものではない。当日楽しみにしていたライブが中止になった人もいる。

Perfumeは中止にした

Perfumeは東京ドームでやる予定だったライブを開演直前に政府の要請で中止にした。その日私は夜勤明けで職場から東京ドームまで徒歩圏内だから東京ドームに来てた。熱狂的なPerfumeファンはライブの日に休みを取って早い時間から乗り込む人もいる、かつて私もその一人だったから知り合いとの再会を目当てに行ったが誰もいなかった。冬らしい寒い日だった。東京ドームに行くには早すぎて上野動物園に行ってる人がいたと言うのをTwitterでみかけた。

最初から東京ドームに寄るつもりだったから西武のユニフォームだった。

妻からのLINEで激変した一日

その日は暇だったから「じゃあ上野まで徒歩圏内だからどうせ会わないけど歩くか」なんて気軽に散歩を始めます。東京メトロ後楽園駅を過ぎ、文京シビックホール、本郷三丁目から湯島天神の脇を抜けて御徒町が見えた辺りで妻からのLINEが来た。『今日は講習があるから遅くなる夕飯は先に食べてて』とそのLINEの返事「浅草で神田伯山見たいから俺も遅く帰宅します。夕食はお互い外食にしましょう」なんて提案した。

末広町(御徒町)→浅草

2/11からスタートしていた神田伯山の襲名披露興行を目撃出来る千載一遇のチャンスがやってきた。見られる保証はないが東京メトロ銀座線で一路浅草へ向かう。ラジオ番組のリスナーではあるが講談師・神田伯山を知らない以上、その時点では「良く分かんないけど悪口や愚痴を言うテレビの立川談志みたいな奴」と言う印象の神田伯山を見ておきたかった。浅草演芸ホールのTwitterで空席状況を観察して「まだ座れる枚数しかさばけてない」なんて思いながら到着して確保。昼夕食を兼ねて「メヒコ」でカニピラフを含め蟹づくしを。

腹を満たしていよいよ初めての浅草演芸ホール!

当日のダイジェストがYouTube「神田伯山チャンネル」に残っている。襲名披露興行は柳家わさび以来だった。普通の寄席よりテレビでお馴染みの人が多いのが襲名披露で柳家わさびのいる落語協会のラインナップは林家正蔵、林家ぺー、春風亭一朝、鈴々舎馬風など豪華だったが、それに比べて神田伯山がいる落語芸術協会のその日の面々で知ってるのは桂米助くらいだった。でも、その分先入観無く楽しめた。言ったら、その前に人間国宝・神田松鯉も見てるわけで講談も手品も楽しめたから良かった。ちなみに座席は二階最前列。

この日、大型興行が中止になったばかりで「客がみんなマスクして芸人に笑顔見せないとかあり得ないだろ」なんて会場の中でマスクははずしていた頃の話である。さて、トリの神田伯山である。これも運良くこの日の講談が公式YouTubeにある。

YouTube見返すまでもなく神田伯山は本物だった。とにかく引き込まれた手に汗握った、人生初講談はその直前に見た神田松鯉のものだけど、真打ちになって16日目の高座でこれだから神田伯山、本当にすげぇなと思った。「今一番チケットの取れない講談師」なんて表現でメディアは紹介しており、それもどんなもんなんだろうとは常々思ってるけど、そりゃ見たい人は殺到するよと納得して東武線浅草駅へ寒空の中帰ったのを覚えている。

そこから神田伯山が出るテレビやを見、ラジオを聞いてはいるが特にラジオに外れが多くて、自分は中立だから良いけど「あんなに良い芸を持ってるんだからテレビやラジオで悪態つかなくても良かろうに」なんて思うファンもきっと多いだろう。ただ、やっぱりCOVID-19で興行が打ちづらい現状もあり、今は種蒔きなんだと察して欲しい思いもある。その成果は来年まで分からないかもしれない。

ステージの大小は無視してPerfumeが中止になり神田伯山が高座に上がったこの日、私は一つ後悔を残した。浅草演芸ホールの帰りに顔を出したい店があった。その名をゴールデンタイガーと言った。行ったことは無かったけど、店長の松本さんと会ったことあるし、仲間内で良く聞いた名前だった。その日はカラオケdayらしくてせっかくだし「丁度近く来たから」「家が東武線だから通えそうだから」なんて言って一曲歌って帰ろうとしたが、非常に寒かったのと妻に会いたかったから行くのは止めた。浅草で浅草キッドを歌うと言う夢は数ヵ月後にゴールデンタイガーが帰らぬ店となり実現しなかった。この後悔も込みで2020年2月26日の記憶は強くある。

投稿者: shakson5

しまだくらぶです。生まれも育ちも住いも埼玉県の昭和54年早生まれの40代です。婚活の歴史とか趣味のDJとか色々お話して、皆さんの暇潰し等のお役に立ちたくてブログを書いております。

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